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自分は「フジイ」の類型を考える時、架空の読者を作って、人形遊びしてところはまあまあある。
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最初期の「生活マン」は型を与えるものであるので「フジイ」だと思うが、その型をあまり魅力的に描けてなかった(おそらく神秘性がないから)ので、出来損ないである。その後は生活マンが個を獲得して「フジイ」じゃなくなった。
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自分の思う『路傍のフジイ』の本質とは自分の専門用語を使うと、「小市民的で魅力的な型を外生的小市民へ与えること」である。自分は小市民を精神性で内生と外生の二つに分けた。内生的小市民(以下、内生と書く)とは元来身の回りの小さな世界で生きることを好む人、人達である。例えば、漫トロ民はだいたい内生である。外生的小市民(以下、外生と書く)とは元来大きな目標を目指すことや大きな世界で生きること(大市民的な生き方)を好むがそうなりきれず小市民的に生きざるを得ない(小市民にもなりきれない)人、人達である。今の社会で増えているのは外生である。外生のできる見方とは型である。彼らは価値をあまり持たない(作れない)故に分かりやすい大きなものに惹かれるのだが、それは所詮借りものであり大市民になりきれず、自分の価値を重視する内生にもなれないのである。「フジイ」とはそんな外生のために描かれた漫画である。
そして、肉欲のいう①、②の読者が出現する理由も説明できる。①は個を感じさせないフジイの行動で型を、②は知ってるか知ってないかという型を与える。その型を魅力的に描けているのが「フジイ」であり、型である故に簡単に読者に当てはめられる。だから、気持ちよくなれる。やってることはネット記事とかでたまに見る「仕事のできる人の特徴」みたいなものに近いだろう。しかし、「フジイ」がすごいのは内生にすらその型を魅力的にみせた事だろう。それ故に『妹を知っている』『学食ガール』といった内生向けのフォロワーが生まれたのだろう。どうやってその型を魅力的にみせるかは自分もあまり理解しておらず、今後の研究課題だろう。
ファンタジーとしても女の子の善性を見る漫画としてもつまらない。